上流階級のチェス愛好家たちの間で、1つの噂が広がっている。木々が紅く色づき始める頃に囁かれだしたそれは、はらはらと落ち葉が舞う季節を迎えても、決して色褪せることなく、むしろ鮮やかさを増していた。
「今度はウィリアム子爵が対戦なさったそうですよ」
「おや、あの方が」
「して、結果は」
「なに、聞くまでもないさ。子爵なら、彼女にも見事チェックをかけたに違いない」
ザワザワザワザワ
「いやぁ、ご期待には添えませんでした。残念ながら、またしても女王の勝利でしたよ。」
「おお、ご本人のお出ましだ!」
「なんと!子爵ほどの人までも!」
「全く、黒の女王はどれほど強いのか…」
ザワザワザワザワ
ザワザワザワザワ
「確かに彼女の強さも興味深いですがね。私と致しましては、もっと気になることがありますな」
「そうですよ、子爵!いかがでしたか?」
ザワザワザワザワ
「噂どおり―――いや、それ以上でしたよ。穢れなき新雪のような白い肌、艶やかなシルクのような黒髪…」
「―――そして何より、見る者を魅了する、ピジョンブラッドの瞳―――でしょう?」
「ははっ。私のセリフをとらないでくれたまえ、アスコット卿」
ザワザワザワザワ
「しかし、それほどの美貌とは、よほど高貴な方の奥方なのでしょうね」
「おや、彼女はまだ10代だと聞きましたが?」
「爵位もない、一般市民ですよ?」
「なんと!それでよく、無事でいられるものだ。美しいものを手元に置いておくことを趣味とする方も多いでしょうに」
ザワザワザワザワ
クスクス
「男爵、君は実に面白いことを言うね」
「美しい薔薇には棘があるに決まっているではないか」
クスクスクス
「失礼。どうやら私が無知だったようです。・・・そして皆さんは棘についてよくご存じのようだ」
「まあ、私も噂でしか知らないのだがね」
「子爵。貴方はご覧になったのでしょう?」
ザワザワザワザワ
「あぁ、白の王の事で宜しいかな?それならこの目で見ましたとも」
「―――白の王?」
「女王を守る唯一の剣にして、最強の騎士ですよ」
「ふふっ。まるで御伽話だ。なぜ彼は【王】と呼ばれるのです?」
「君は、彼女が【女王】と呼ばれる理由を知らないのかい?」
「チェスが強いから・・・ではないのですね」
ザワザワザワザワ
「なに、簡単なことだよ―――」
ザワザワザワザワ
カツカツカツ
「なかなか盛り上がっているようですね~ぇ。お邪魔しても宜しいかなぁ?」
「これはこれは!」
「伯爵がこのような場にいらっしゃるとは、めずらしいことですな。」
「あはー。たまにはおいしい料理が食べたくってねえ。
―――それで、何の話だったのか教えてくれないかな?」
ザワザワザワザワ
「ああ、黒の女王と白の王の噂をご存じですか?」PR