ものくろーむりべりおん内の神楽耶様のイメージは、ナ/ル/シ/ス/ノ/ワ/ー/ル です。(歌のほう)
京都に戻ってひと月も経たぬうちに、神楽耶はまた枢木の神社に行くこととなった。
今度は、稽古ではない。
《敵》の国が我が国に害を齎さぬように、神々に祈る。
―――――初めての、巫女としてのお勤めじゃった。
階段を登り、神社に着いたのはもう日も暮れる頃。
明日からのお勤めに備えるように、と早々に寝所へと放り込まれた神楽耶は、なかなか寝付けずにいた。
・・・鬼に、会いたかった。
もう一度会って、言いたかった。
神楽耶は皇の名を捨てることなどできぬ。
唯一の跡取りであるし、それ以上に、ただの《神楽耶》になるのは怖いから。
だから、神楽耶は《皇 神楽耶》になる。
枢木のお兄さまのように、立派な跡取りとなる。
―――いつか、鬼が連れて行きたくなるぐらい、立派な人間となってみせる。
―――神楽耶に目標をくれて、ありがとう。
**********
かか様、かか様。
神楽耶を見て。
神楽耶の話を聞いて。
**********
家人の歩きまわる音もしなくなり、風の音しか聞こえなくなっても、神楽耶はまだ眠れずにいた。
すると障子の向こうで、何やら動く気配がする。
―――このような時間に動くとは、もしや鬼か?
そう思った神楽耶は、そおっと障子を滑らせ、外を覗き見た。
そこに居たのは、こっそりと裏へ行こうとしているお兄さまじゃった。
「何をしているのじゃ?」
届くか届かないかの小さな声で尋ねたのじゃが、お兄さまは肩を強張らせた後、辺りを見渡し、神楽耶のもとへやって来た。
「なんで起きてるんだよ。早く寝るように言われたんだろ?」
顔をそむけながら、困った風情で神楽耶に問う。
「眠れないものは仕方がないじゃろう。それより、何をしていたのか?」
「・・・友達に会いに行こうとしていただけだよ」
「こんな夜更けに?」
「・・・星がきれいだったから」
「嘘じゃな。そもそもお兄さまには子分はおっても、友達はいないであろう?それに、このような時間に遊ぶ子供などいるはずもない。遊びたくとも親が止める」
「・・・最近、出来たんだよ。親も・・・、いないし」
このあたりの子供は、皆、お兄さまの子分じゃ。
見ていればわかる。
それなのに、「最近出来た友達」?
しかも、「親がいない」?
ひょっとしたら・・・と逸る心を抑えきれずに、神楽耶は尋ねた。
「それは、鬼のことか?お兄さまは、鬼と仲良うなったのか?」
その途端、それまで地面を向いていたお兄さまの視線が、まっすぐに神楽耶を突き刺した。
「あいつは、鬼なんかじゃない。お前も、あいつを悪く言うのか。」
それは、神楽耶が今まで見たこともないくらい、悲しい目じゃった。
悲しくて、冷たくて、怖い目じゃった。
神楽耶は、お兄さまがなぜ、そのような目をするのかがわからなかった。
それでも神楽耶には何故か、お兄さまの友達とは鬼のことだ、という確信があった。
だから、言うた。
「悪くなど思っていない。お兄さまの友達は、真珠の肌の、きれいな鬼じゃろう?神楽耶はあの鬼にもう一度会いたいだけじゃ。会って、ありがとうと言いたいだけじゃ。」
「・・・ありがとう?何が?」
「・・・それは秘密じゃ。」
お兄さまは少し不満げな顔をしていたが、鋭かった眼光は和らいでいた。
これなら、いつものお兄さまじゃ。
神楽耶は安心して、お兄さまにお願いした。
「お兄さま。お願いじゃ。神楽耶も連れて行って」
いつも断られるお願い。
でも、今だけは引き下がる気はなかった。
どんなにお兄さまが困ろうとも、絶対についていく・・・!
そう思っていたのに、お兄さまの反応はいつもと違った。
「だめだ」
そう、一言。
困った顔など微塵も見せず、ただ、硬い声で。
「どうして!?桐原にも、女中にも、枢木のおじさまにも見つからないようにする!お願いじゃ、お兄さま!!」
「お前が少しでもすりむいたらどうする。」
言葉の中身は、いつもと同じ。
けれど、その音には神楽耶を心配する響きは露ほどもなく―――
「俺がもし怪我しても、いくらでも誤魔化せる。木登りして出来たとか、道場でついたとか。でも、神楽耶が怪我したらどうするんだ。誤魔化すことなんか出来ないだろう?」
―――そして全部、あいつのせいになる・・・っ。
そこでお兄さまは言葉を切り、空を眺めた。
いや、眺めたように見えただけかもしれない。
神楽耶はその時、お兄さまの目の縁がきらきらと光っているのが見えてしまったから。
目を擦り、お兄さまは再び神楽耶に視線を合わせた。
「お前が来ると、あいつは今よりも嫌な思いをすることになるかもしれない。また、笑わなくなるかもしれない。・・・そんなのは嫌だ。―――だから、来るなよ。神楽耶。」
そう言って、お兄さまは行ってしまった。
神楽耶は初めて、「置いて行かれた」と感じた。
それと同時に、ずるい、と。
あの美しい鬼の、笑顔を見たのか、と。
妹のために花を摘む優しさを持ち、けれど決して神楽耶には笑顔を見せなかったあの鬼の。
神楽耶は鬼に会いたかった。
京都にいる間、神楽耶は鬼のことばかり考えていた。
お兄さまのようになりたい、と思いながらも、それは鬼に認めてほしいからじゃった。
神楽耶は、鬼に会いたかった。
―――今、お兄さまが行った道はわかっている。連れて行ってなどくれなくとも、後をつければよい。神楽耶は、鬼に会いに行く。
草を踏み荒らした子供の靴跡を辿り、裏へと続く道を走れば、そこには昔お兄さまが秘密基地だと笑っていた土蔵があった。
そしてその前には、2人の子供の姿。
神楽耶は息を殺して、そっと木に隠れた。
「な、きれいだろ。ルルーシュ」
「スザク・・・。このためだけに、こんな夜中に来たのか?もう少しでナナリーも目を覚まして―――」
「だって、見せたかったんだよ。お前に。一緒に見たかったんだよ。」
「・・・そうか」
「なぁ、きれいだろ?」
「ああ。ありがとう、スザク」
鬼は、笑った。
月の光と星の光に照らされて。
きらきらと、神楽耶が今までに見たどんなものよりも美しく。
真珠の肌は、神々しいほどに輝いていた。
鬼は、神楽耶に気付かない。
お兄さまだけを見つめる。
あんなにも見たかった鬼の笑顔を見ることができたのに、神楽耶は悲しかった。
きっと、神楽耶に気づいた瞬間、鬼の笑顔は消える。
あの笑顔は、お兄さまにしか向けられない。
ここからではお兄さまの顔は見えないが、きっとお兄さまも幸せそうに笑っているのじゃろう。
世界に1人だけ取り残されたような気がして、胸が締め付けられる。
それ以上見ていられず、神楽耶は屋敷へ戻った。
・・・鬼が気づかぬよう、笑顔が消えぬよう、こっそりと。
**********
かか様、かか様。
ここには何にもない。
日の光も差し込まぬし、星ひとつ見えぬ。
だから悲しくなるんじゃ。
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