言葉を失ったままのルルーシュの前に顔をあげた《彼》は、ルルーシュの知る《枢木スザク》だった。
スザクは赤くなった目をぐいっと乱暴に擦り、ルルーシュの瞳をじっと見据えた。
そしておもむろに腕を振り上げると、そのまま、少し縺れた黒髪へと振り落とす。
響く、鈍い音。
「・・・っ!何するんだ、この馬鹿が!」
「それは俺の台詞だ。」
頭を押さえるルルーシュの手を掴み、スザクは顔を近づける。
焦点が結べないほどの距離で、思いきり息を吸い込む。
「この、大馬鹿野郎っ!!!」
思わず固く眼を瞑り、肩をびくりと震わせたルルーシュに構うことなく、スザクは続けた。
「いいか。俺はお前が嫌な思いをするのは嫌なんだよ。どうでもいいわけないだろうが!だから、俺はお前を守るんだよ!お前がナナリーしか守ろうとしないから、お前を守ろうとしないから、俺が守るんだ!」
一息で言い切ったスザクに、ルルーシュは何も言い返さない。
ただ幼子のように首を横に振るだけで。
「・・・何が違うんだよ。」
「―――僕たちは、ここで別れるんだよ。スザクとは、きっともう会えない。だから、スザクが僕を守る必要もないんだ。」
それは、スザク自身も気づいていた未来。目前に迫った決定事項。
それでも。
「必要があるかないかは、俺が決める。」
「だから・・・っ!」
「何度も言わせるな!俺は、お前を守る。お前を傷つける全てのものから、守ってみせる。何があっても、・・・何をしてでも。」
握りしめたままになっていた腕を放す。
穢れを知らぬ純白の肌に鮮やかに残った、赤い戒めの跡。
俺とは違う、とスザクは感じた。
この赤は、罪の色じゃない。少なくとも、俺が塗れたものと同じ、血の色じゃない。
・・・これは、ルルーシュを繋ぎとめたい俺の願いの色だ。
ルルーシュの体は、この赤を受け入れないだろう。近いうちに、この肌はもとの白さを取り戻す。
ルルーシュの心がどんなに優しい嘘をついても、ルルーシュの体は決して俺を受け入れない。
俺が傍にいようとも、俺が腕を掴んでも、ルルーシュは真っ白のままだ。
俺とは違う。俺とは違うままでいてくれる。
それなら―――。
**********
「ルルーシュ。俺はお前を守る。ずっと傍にいて、守ってやる。」
「・・・総司令部に行けと言われたんだろ。」
「行かない。」
「・・・っ。僕たちは、一緒にいてはいけないんだよ、スザク・・・。僕は、今ここで死ぬんだ。もう《ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア》は死ぬんだ。」
紫紺の瞳に悲しみをのせて、ルルーシュは紡ぐ。
「スザクは首相の息子で枢木の嫡男だ。僕がブリタニアの政治に携わっていたなら、間違いなく《枢木スザク》を監視下に置く。反ブリタニアの旗頭になりかねない存在を放っておくわけにはいかない。」
先ほどまでの激情は何処へ行ったのか、その言葉は自嘲の響きを含んでいた。
「・・・わかったか、スザク。だから僕は、ブリタニアから逃げ続けなければならない僕は、一緒にいることなんて不可能なんだ。」
「・・・それは、《枢木スザク》が傍にいると、俺を監視している奴らに《ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア》の存在が知られてしまうかもしれないからなのか?」
静かな声で、スザクが尋ねる。あたかも確認をとるかように。
「あぁ。僕たちは、もうあの国に利用されたくはない。だが、スザクと一緒にいれば、間違いなく僕たちは見つかり、また道具にされてしまう。守るどころか、ブリタニアへの目印になるんだよ。」
―――監視されているだけなら、スザクはある程度自由に生きることができるだろう。けれど、死んだはずの皇子たちと一緒にいれば、殺されるかもしれない。僕たちに生きていられて困る人間なら、あの国には山のようにいるんだから―――
「わかったよ・・・。」
そう言ってスザクは目を伏せた。
何かを耐えるように、唇を強く噛み締める。
ルルーシュは、そんなスザクに悲しそうに微笑んだあと、別れの言葉を告げようとした。
―――さようなら、どうか元気で。と―――
・・・しかし、その言葉が発せられるより先に、スザクが口を開いた。
「―――だったら、俺も死ぬ。」
「・・・な、何を言っているんだ!!」
焦るルルーシュを見据えた翡翠の瞳は、決して揺れ動かない。
神託のように、厳かに告げられる言葉。
「枢木ゲンブ亡き今、枢木家当主はこの枢木スザクだ。」
「だからっ・・・!」
「―――《枢木》の名が、ブリタニアに利用されることなどあってはならない。・・・これ以上、日本を壊してはならない。」
「日本を壊したのはブリタニアだ、スザク!《枢木》じゃない!」
「だから、ここで《枢木》は終わりだ。―――ルルーシュ。お前が死んだことにできるのなら、俺だって同じ方法で死んだことにできるだろ?」
そう言ったスザクの顔は、今まで見たこともないほどに穏やかだった。
何かを諦めてしまった笑顔にも見える。けれどその瞳は、決意に満ちた輝きを放つ。
「・・・どうしてそこまでする。巻き込みたくなんかないのに・・・っ。」
「言っただろ、ルルーシュ。」
「え・・・?」
「俺はお前を絶対に守る。何があっても、何をしてでも。」
「そんな口約束・・・!」
「そのかわり、俺はお前が人を殺すことは許さない。」
「スザク!!話を・・・!」
「うるさい!俺は!お前が不幸になることを許さない!!!!」
――――お前が、俺と同じになることは許さない―――――
**********
手が、のばされる。
か弱き少年から、か弱き少年へと。
目を瞑り、天にも届くほどの声を張り上げた少年へと。
そのまま唇を固く引き結び、今にも泣いてしまいそうな少年へと。
白くて小さな両手が、のばされる。
震える手。
そっと頬に触れる。
やがて緩やかに開かれた翡翠に自らの姿を認め、知らず知らず詰めていた息をはく。
「それでいいのか・・・?」
「何がだよ?」
「僕はスザクに何もしてあげられない。危険に曝すことしかできない。」
「かまわない。・・・お前は、俺と一緒にいるのが嫌なのか・・?」
「そんなわけない!でも、スザクに嫌な思いをさせたくないのに、絶対に嫌なのに・・・っ!」
「俺は、お前が不幸になるのが一番嫌なんだ。・・・だから、俺に嫌な思いをさせたくないなら、不幸になるな。」
「・・・じゃあ、スザクは・・・?」
「俺はいいんだ。お前さえ守れれば。お前が嫌な思いをしなければ。」
その言葉に、ルルーシュは悲しそうに微笑んだ。
そして、両手をスザクの頬からゆっくりと離し、勢いよく戻した。
高らかな音と共に、赤く腫れあがる頬。
「―――っ!?」
「・・・ばかすざく。」
そのまま一歩近づき、首に手が回る。
「僕が嫌な思いするのが嫌なら、幸せになれ。この、馬鹿。」
「俺は・・・!」
「どうでもいいとか、言うな。スザクが不幸なら、僕も不幸だ。僕のためとか言ってスザクが嫌な思いしたら、結局僕も不幸じゃないか。気づけ、馬鹿。」
「俺は幸せになんて・・・・!」
「うるさい、馬鹿。何でもするんだろ。幸せになれ。ばか。」
「・・・・バカバカ言いすぎだろ。ルルーシュ・・・。」
スザクの文句には答えず、頭を抱きしめる形のままでルルーシュは囁く。
「―――僕とスザクとで、出来ないことなんてないんだろう?―――」
「・・・っ!」
「僕は君を幸せにしてやる。何があっても、何をしてでも。・・・そのためには、僕が不幸になってはいけないんだろう?それなら、僕たちのすべきことは1つじゃないか。」
「・・・俺たちが、2人とも幸せになること・・・?」
「そうだ。・・・いや、少し違うか。僕の幸せにはナナリーの幸せも不可欠だ。」
「・・・シスコン。」
「兄として、当然だ。」
いつのまにかルルーシュの腰にはスザクの手が回されていた。
弱く、だが決して離れずに抱きしめあう2人は、どちらからともなく笑いだす。
「やってやるよ、ルルーシュ。でも、お前を守ることだけは譲らないからな。」
「いいだろう、スザク。それなら僕も、スザクを絶対に守ってみせる。」
沈みかけの夕陽の最後の光が、幼い少年たちを赤く照らす。
それは、どこか祝福にも似た、温かい光。
柔らかな朱は、やがて未来に向かって走り出した彼らの姿を優しく包み込んでいた。
朱 終幕
あとがき
やっと終わりました。この話、最初はR2最終話が悲しすぎたので始めました。
やっと手を組んだかと思ったら、それが目的か!と。
理解はできるんですけど、やっぱり悲しい。
もう、最初から手ぇ組んどけよ!と思ったわけです。
そんなわけで本編終了後にも拘らず立ち上げてしまったこのブログ。今後は、幼少期に離れなかった2人が世界を変えます!!(予定)
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
もし、感想や意見などありましたら、是非お聞かせください^^
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